懐かしい玩具・進化した玩具の数々 List
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玩具の数々、竹とんぼやヤジロベエなど、昔からずっとある玩具もご紹介しています。最近では玩具というより、テレビゲームで遊ぶことが多くなっているのではないでしょうか?手を器用に使って遊ぶ玩具で頭が鍛えられていた時代もあったのです。ん。確かに最近のテレビゲームも手を器用に使って遊んでいますね。しかし、長時間行うと目が悪くなりますので注意が必要です。たまにはテレビゲームではない玩具に触れてみてもよいのではないでしょうか?
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2007/10/13 日記<レゴ>
レゴ
レゴ (LEGO) は、合成樹脂|プラスチック製の組み立てブロックの玩具で有名な、デンマークの玩具会社である。1934年に「よく遊べ」を意味するデンマーク語 "leg godt" から社名を LEGO とした。最初は木製玩具を作っていたが、1949年からプラスチック製玩具を作り始めた。レゴの歴史
現在のレゴ社の製品は、プラスチック製の上質な組み立てブロックの洗練されたシステムだが、最初からそうだったわけではない。レゴ社の歴史は、デンマークのビルンに Ole Kirk Christiansen が作った木工所から、つつましやかに始まる。創造的な家族経営のこの会社は、のちに世界中で人気の玩具会社へと成長する。 はじまり
1916年にビルンに開いた木工所で、 Ole Kirk は地域の農家向けに家と家具を作って生活していた。助けは、少数の見習い社員だけだった。1924年、2人の幼い息子が木の削りくずに火をつけたために、木工所が火事で焼け落ちる。クリスチャンセンは災難にもめげず、木工所を大きくする機会だと考えて、さらに仕事に励んだ。しかし、まもなく世界恐慌が生活に影を落とすようになる。制作費を切り詰める方法を探すうち、設計支援として製品のミニチュア版を作り始めた。このときのミニチュアのはしごやアイロン台が、玩具を作り始めるきっかけとなる。Ole Kirk は、引きまわして遊ぶ木製玩具や、ブタの形の貯金箱や、自動車やトラックの玩具を作り始めた。ささやかな成功を手にしたが、多くの家庭は貧しくて玩具を買う余裕がなかった。地域の農民たちの中には、食物と引き換えに玩具を買う者もあった。仕事を続けるためには、玩具だけでなく実用的な家具も作り続ける必要があった。1930年中頃、ヨーヨーが流行したおかげで一時的に仕事が活発になったが、流行は突然終わる。ここで Ole Kirk は再び、不利を利点に変えた。ヨーヨーの未使用の部品を玩具のトラックに流用したのだ。この頃、息子の Godtfred が一緒に働きはじめ、積極的に仕事に取り組むようになっていった。1934年、社名を LEGO とする。「よく遊べ」を意味するデンマーク語 "leg godt" から、 Christiansen が作り出した言葉だ。 LEGO にはラテン語で「組み立てる」の意味があるとレゴ社は言う。もっとも、この動詞の形態は「読む」とか「集める」と訳すのが普通なので、「組み立てる」と訳すのは幾分都合の良い解釈である。プラスチックの使用が広がる時代の流れに合わせ、 Ole Kirk はプラスチック製の玩具を作り始める。最初の組み立て式玩具のひとつは、部品を組み替えられるトラックだった。1947年、 Ole Kirk と Godtfred は、 Kiddicraft 社が制作したプラスチック製結合ブロックのサンプルを入手した。これは自動結合組み立てブロック (Kiddicraft Self-Locking Building Bricks) といって、イギリス人の Harry Fisher Page がデザインし特許を取得したものである[http://isodomos.com/technica/history/1940/1949.php]。1949年、レゴ社はこれに似たブロックを、自動結合ブロック (Automatic Binding Bricks) と名付けて発売した。このアセチルセルロース製のブロックは、積み上げて遊ぶ伝統的な木製ブロック(積み木)の精神で開発された、相互に結合するプラスチック製ブロックである。ブロックの上部には数個の突起(スタッドまたはポッチという)があり、底は長方形の空洞になっている。互いにくっつくが、はずすことが出来ない程きつくはない。1953年、ブロックに新しい名前が与えられた。 LEGO Mursten すなわち LEGO Bricks (レゴブロック)である。玩具にプラスチックを使うことは、当時の小売り業者や消費者には高く評価されず、売れ行き不振で返品の山となった。プラスチック製玩具が木製玩具と置き換わることはない、という批判もあったが、 Kirk Christiansens は気を変えることなくやり通した。1954年までに、 Godtfred はレゴ社の常務取締役になっていた。 Godtfred は海外の玩具バイヤーと話し合いをした際に、玩具システムのアイデアを考え出した。 Godtfred は、創造的な遊びのシステムになる大きな可能性をレゴブロックに見ていたが、ブロックには技術的な面でまだ問題があった。結合力に限界があり、作れる形に限りがあったのだ。今日見られるブロックのデザインができあがったのは1958年のことである。改善点は、ブロックの裏側の空洞に円筒を配したことだ。これによって、底でしっかり支えられるようになり、結合力が増し、いろいろな形を作れるようになった。同年、 Ole Kirk Christiansen が死去し、 Godtfred が会社を引き継いだ。 成長
レゴ社は年々着実に成熟してきた。1959年、社内に Futura と呼ばれる製品開発部門が設立され、少数の社員が配された。1960年、倉庫が火事になり、木製玩具の在庫がほとんど失われた。幸運にもレゴブロックの製造ラインは火災に耐えた。会社は木製玩具の生産中止を決定した。その年の末までに、レゴ社の社員は450人にまで増えていた。1961年から1962年にかけて、新しい部品としてタイヤが登場し、自動車、トラック、バスなどの乗り物をレゴブロックで作れるようになった。この間、就学前の幼児向け玩具を売り出し、カナダでのレゴの製造・販売について Samsonite 社にライセンス供与した。この契約は1988年まで続いた。この時までに、レゴのシステム・オブ・プレイ(遊びのシステム)には50以上のセットができていた。1962年、総輸入販売代理店が日本でレゴブロックを販売し始めた。1963年、アセチルセルロースをブロック素材として使うことを中止し、代わりにもっと安定したABS樹脂を使うようになった。これは2004年になっても使われている。ABS樹脂には毒性がないほか、アセチルセルロースに比べ変色・変形が少なく、熱、酸、塩、その他の薬品に強いという特性がある。1963年にABS樹脂で作られたレゴブロックは、40年たっても色と形にあまり変化がなく、2003年に作られたブロックともきちんと結合できる。1964年、レゴセットに初めて組み立て説明書が同梱された。1966年、最も成功したシリーズのひとつとなる、トレインシステムが発売される。トレインセットには4.5ボルト (単位)|Vモーターとレールが同梱された。2年後には12Vモーターが登場した。1968年6月7日、レゴランドがビルンでオープンした。このテーマパークの目玉は、すべてレゴブロックで作られた、ミニチュアの町の精巧なモデルだ。広さは3面積#面積の単位|エーカー (12,000 m2) で、初年度だけで62万5千人の入場者があった。その後の20年間で、8倍以上の大きさになり、1年あたりの有料入場者数が百万人近くになった。1968年には、1800万個以上のレゴセットが売れた。1969年、小さな子ども向けの新システム、デュプロの販売が始まった。デュプロブロックは、小さな子が飲み込まないようにレゴブロックより大きくなっているが、従来のレゴと互換性があり、レゴブロックを上にしっかり乗せることができる。子どもが成長してデュプロブロックが合わなくなっても、簡単にレゴブロックに移行できる。1960年代の著しい成長の結果、1970年にはレゴ社は大きな問題に直面していた。次々と広げてきた市場をどのように取り扱い、どのように動かせば良いのか、という問題だ。 拡大
1970年までに、従業員が900人を超えた。その後の数十年は、玩具作りにおいても、市場においても、未開拓分野に大きく進出した。1971年には女の子向けに家具部品とドールハウスを発表。1972年には、実際に水に浮かべて遊べるボートと船のセットを出し、レゴ世界の交通分野の可能性を広げた。この間、 Godtfred Kirk Christiansen の息子 Kjeld Kirk Kristiansen が、スイスとデンマークで経営学の学位を取得後、会社の管理職についた( Kjeld の姓が親と違うのは、出生証明書で Ch を K と書き間違えたのを、そのまま使い続けたためである)。会社での Kjeld の最初の業績は、製造工場の建設と、製造法を最新のものにし続けるための研究開発部門の設立だった。1974年に出たレゴファミリーセットには、腕が可動する人形が初登場し、当時最も売れたセットになった。同年、レゴ世界のミニチュア人間「ミニフィグ」の初期版が登場したが、後の物とは違って、どこも可動せず、頭部に顔がプリントされていなかった。レゴの生産工場がアメリカ合衆国コネチカット州エンフィールドに建設された。1975年、対象年齢を上げ、レゴに慣れた人向けにエキスパートシリーズを発表した。それが発展して、1977年にエキスパートビルダーセットが登場する。これら技術的なセットは、歯車、差動歯車、レバー、車軸、自在継ぎ手といった動く部品が特徴で、機能するラック&ピニオン式のステアリングと本物そっくりなエンジンの動きを備えた自動車、といったリアルなモデルを作ることができる。1978年、レゴの世界に、現在の形のミニフィグが追加された。これは LEGO 世界の人間で、手足が可動し、顔には笑顔がプリントされている。ミニフィグは、様々なレゴセットで使われた。ミニフィグに大きさを合わせた建物や道路、乗り物、鉄道、ボートなどを揃えて、笑顔の市民が住んでいる精巧な町を作れるようになった。同年、レゴジャパンが設立された。1979年、もうひとつの重要な展開である、宇宙シリーズが発表された。宇宙飛行士のミニフィグ、ロケット、月面探査車、宇宙船が登場し、人気シリーズとなった。また、低年齢層を対象にしたファンタジーシリーズ FABULAND と、小さな女の子を対象に宝石要素を取り入れた SCALA シリーズが登場した。この年、 Kjeld Kirk Kristiansen がレゴ社の社長になり、さらに10年間レゴ社の強さが維持された。レゴブロックは教育者から見れば、子どもに創造力や問題解決能力を身に付けさせるための有益な教材となりうる。1960年代から、教師たちはレゴブロックをいろいろな目的で授業に取り入れてきた。1980年、教育的な可能性を広げるために、教育製品部門(1989年に LEGO DACTA に改名)が設立された。梱包・組み立て用の工場がスイスに、タイヤ部品を製造する工場がデンマークのユトランド半島に建設された。1981年、レゴトレインの第2世代が登場。従来通りの4.5V(電池式)と12V(コンセント式)のほかに、作業灯や、リモコン式のポイント、信号機、連結解放器など、様々な小物が追加された。1982年、エキスパートビルダーシリーズが発達して、テクニックシリーズとなった。同年8月13日、レゴ社は50周年を迎えた。これを記念して、 "50 Years of Play" (遊びの50年)という本を出版した。1983年、デュプロに、さらに対象年齢を下げた幼児向けセットが加わる。ガラガラと手足が可動する人形付きのセットだ。1984年、お城シリーズが登場し、ミニフィグに騎士と馬が加わった。1986年、ライトとブザーがついた電池パックなど、新たなリアリティを付け加える Light & Sound が登場。同年、レゴ社の教育部門から、テクニック・コンピューター・コントロールが発表された。これは、テクニックシリーズのロボットやトラックなどのモーター付きモデルを、コンピューターで制御できる教育システムである。同年、ブラジルのマナウスにレゴの工場が建設された。1986年、テクニックシリーズに、空気圧シリンダーが追加された。1988年8月、第一回レゴ・ワールドカップ・ビルディング・コンテストがビルンで開催され、17ヶ国から38人の子どもが参加した。同年、レゴカナダが設立された。1989年、海賊シリーズが登場した。海賊船・絶海の孤島・財宝を主題にしたシリーズで、ミニフィグの表情が海賊風になっている。標準の笑顔ではないミニフィグが採用されたのはこれが初めてである。レゴ社の教育製品部門が、 LEGO DACTA と名を変えた。名前の由来はギリシャ語の "didactic" で、おおまかに言えば、「学習過程の研究」というような意味の言葉である。 マサチューセッツ工科大学|MIT のコンピュータ学習研究所の Seymour Papert 博士が、プログラミング言語 Logo とレゴ製品を連動させる研究にちなんで、レゴの学習研究教授 (LEGO Professor of Learning Research) に任命された。1990年、上級者向けの新シリーズとして、モデルチームセットが登場した。レーシングカーやオフロードカーを題材に、それまでのレゴシリーズにはなかった細部のディテールとリアリズムを加えたのが特徴である。テクニックシリーズが機械的精密さを追求したものだとすれば、モデルチームシリーズは見た目・スタイルの精密さを追求したものだといえる。この年レゴ社は、ヨーロッパで唯一の、世界10大玩具会社のひとつになった。また、ビルンのレゴランドの入場者数がはじめて100万人を超える。初のレゴの経営力学教授 (LEGO Professor of Business Dynamics) である Xavier Gilbert が、 スイスのローザンヌにある経営開発国際研究所 (International Institute for Management Development) で冠講座を任された。レゴマレーシアが設立された。1991年、電気部品と電気システムの標準化を行う。トレインシリーズのモーターを、テクニックシリーズと同様に9Vにして、他のレゴシリーズにも合うようにした。1992年、ギネスブックにレゴ製品で作った物が2件登録された。ひとつは、4.45m ×5.22m の世界最大の城で、スウェーデンのテレビ局が40万個のレゴブロックで作ったもの。もうひとつは、545m の長さの線路と機関車3両である。デュプロにいくつかのシリーズが追加された。ネジ回し、レンチ、ナット、ボルトが特徴の Toolo シリーズと、女の子向けにふんだんにパステルカラーを使った Paradisa シリーズである。1993年、デュプロトレインと、レゴブロックを床から回収する Brickvac (ブロック掃除機)が登場した。2004年、デュプロシリーズより低年齢層むけとして、さらに大きなクワトロシリーズが追加された。このブロックは乳幼児向けのため素材も通常のものより柔らかめのものを使用している。このため、従来製品に比べ外れ易い反面怪我をしにくくなっている。またデュプロシリーズとは互換性があり混在可能となっている。一般的なブロックの色は、赤、黄、青、黒、白、灰色である。1990年代後半には他の色も追加された。レゴ社は長年、緑色のブロックを作らなかった。近代的な軍用機を作るのに使用されて、レゴブロックを戦争玩具にされてしまうのを恐れたからだ。だが、この恐れは減ってきたように見える。試作段階のミニフィグは肌の色や表情が多様だったが、採用されたのは黄色い肌と標準的な笑顔のみだった。1989年の南海の勇者シリーズでは表情が増え、スター・ウォーズやハリー・ポッターなどのライセンス商品では特定の登場人物をあらわすミニフィグが登場した。2003年のレゴ・バスケットボールの登場と共に、肌の色が増え、本物の色に近くなった[http://www.lego.com/eng/info/default.asp?page=pressdetail&contentid=2490]。レゴの製造
レゴブロックのデザインは、見た目がシンプルだ。たくさんの部品が存在するが、説明が必要となる部品はないだろう。子どものための玩具なので、遊び方の説明書が無くても構わないくらいに、分かりやすくデザインされているのだ。見ただけで分かるようにするためには、どの部品を作るときにも、多くの設計作業と正確な製造技術を投入しなければならない。レゴブロックには初期から変わらない大きな特徴があり、システムに不可欠の要素となっている。新シリーズや新セットはすべて、それまでのシステムと互換性がある、ということだ。レゴ部品は、大きさ・形・機能に関わらず、何らかの方法で組合せることができる。10代の少年向けのテクニックシリーズについてる歯車とモーターの仕組みを、3歳児向けのデュプロに簡単に付けられる。この特徴のおかげで、子どもの成長に合わせて、レゴを変えていくことができる。システムによってもたらされる無限の可能性に、多くの大人も魅了される。レゴブロックは世界各地で製造されている。2003年現在、成形はデンマークとスイスの2つの工場のうちのひとつで行われている。ブロックの装飾と梱包をする工場は、デンマーク、スイス、アメリカ合衆国、大韓民国、チェコにある。レゴブロックの平均生産量は、一年間におよそ200億個、一時間におよそ230万個である。ブロック、車軸、ミニフィグなどレゴシステムの全部品は、製造時に厳しい許容誤差を定められている。部品同士を結合したときには、適切な結合力によって、外そうとするまで離れないという状態にならなければいけない。簡単に外れるようでは、作ったものがすぐバラバラになってしまう。逆に、なかなか外れないようでは、他の物を作ろうとしても組み替えられなくなってしまう。ちょうど良い結合力にするため、製造誤差の許容範囲が0.002ミリメートル以内、あるいは0.00008インチ以内とされている。高い品質を維持するための技術として、金型の容量の小ささが挙げられる。玩具会社によっては、製造コストを抑えるために、同時に60個の部品を扱える金型を使うことがある。レゴの金型は一般的に容量がもっと小さく、精密に機械加工されていて、数万ドルの費用がかかることも多い。この射出成形金型にはセンサーが付いていて、質を下げる原因となる圧力と温度の変動を検出できる。金型で成形されたものは人間が慎重に検査し、色や形に目立ったばらつきがないようにする。使い古した金型は、他社の手に渡らないように、建物の基礎に入れられる。成形処理は非常に精密なので、標準規格に適合しない数は、100万個中、たった18個である。このような製造への気遣いのおかげで、レゴ社は何十年にも渡って高い品質を維持してきた。これは、30年前に製造された部品が、現在の部品にもしっかり結合できることの理由でもある。レゴの現在
プラスチックのブロックが作り出されてから、数千ものセット商品が販売されてきた。そのテーマは多岐にわたり、宇宙、ロボット、海賊、中世の城、恐竜、街、郊外、祝日、西部開拓時代、北極、ボート、レーシングカー、鉄道、スター・ウォーズ、ハリー・ポッターなどがある。新しい部品が定期的に登場し、レゴでいろいろな物が作れるようになってきている。他にもモーター、歯車、ライト、音が出る物、カメラなどがあり、他のレゴ部品と一緒に使うことができる。ブロックでさえも、パーソナルコンピュータ|パソコンでプログラミング (コンピュータ)|プログラミングをすることで、非常に複雑な動作をさせることができる。プログラミング可能なブロックは、レゴマインドストームという名前で販売されている。1990年代後半、対象を絞った複数のシリーズが発表された。 Bionicle は、テクニックシリーズの部品と特殊部品を使ってアクションフィギュアを作る男の子向けのシリーズ。 Belville は、旧来のレゴ部品の範囲で、テクニックシリーズのような大きな可動人形が特徴の女の子向けのシリーズ。 LEGO 4 Juniors は、関節が曲がる腕と長めの足が付いた中型の人形が特徴のシリーズ。2003年に発表された Clikits は完全に新しいシステムで、様々に付け替えできるプラスチックの宝石とアクセサリーで構成された、女の子向けのシリーズである。レゴブロックの使用目的は遊びに限らない。レゴを使って彫像を作ったり、モザイクで巨大な絵を作ったり、複雑な機械を作ったりするような、熱狂的なファンが増えている。彫像のなかには、数十万個の部品を使った、重さ数十キログラムの物もある。完全に機能する南京錠や振り子時計、さらにハープシコードまでもがレゴで作られている。最高傑作のひとつに、ルービックキューブを解くという人間でも難しいことを、レゴのモーターとカメラを使ってやってのけるものがある。レゴは、いろいろな予想外の使い方をされている。例えば、牧師 Brendan Powell Smith は苦労してレゴの聖書を作った。 http://www.bricktestament.com/
The Brick Testament には、そのレゴ聖書の写真が2千枚以上掲載されている。大学教授 David Gauntlett による http://www.theory.org.uk/lego.htm
theory.org.uk には、社会理論家のレゴ版がある。 http://www.ldraw.org/
LDraw というソフトウェアを使えば、レゴの3次元コンピュータグラフィックス|3DCGを作れる。レゴブロックの高い均一性のために、物体の正確な寸法と相対位置を認識させるコンピュータビジョンの研究でも、テストデータの作成に便利に使われている。経済困難
2003年、レゴ社は14億デンマーク・クローネ(当時の為替レートで約2億2千万アメリカ合衆国ドル|USドル)の財政赤字に直面した。 Poul Plougmann 社長は解雇され、 Kjeld Kirk Kristiansen が引き継いだ。翌年には予算削減のため千人近くの従業員が解雇された。2004年10月、さらに大きな赤字に直面し、 Kristiansen は再び社長を辞任すると同時に、個人資産から80万デンマーク・クローネを会社に投入した。会社を軌道に戻すための将来の計画には、レゴランドを他の Kristansen 一族の会社へ売却することと、従業員の削減が含まれる。多くの玩具会社がやっているように、レゴブロックの製造拠点を中華人民共和国に移すことが議題になっているが、5年以内に実現することはなさそうである。アート
映画の有名なシーンをレゴで再現する、という楽しみ方がある。景色にはレゴブロックを、登場人物にはレゴプレイセットを使う。レゴムービー、ブロックフィルム、シネマレゴと呼ばれる。例えば、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』の DVD には、レゴのミニフィグで『キャメロット』のミュージカルシーンを再現したものが収録されている。芸術家もレゴセットを使う。具体例として、悪名高い例をひとつ挙げる。ポーランドの芸術家 Zbigniew Libera によるレゴ強制収容所 (LEGO Concentration Camp) という作品で、強制収容所をテーマにしたオリジナルのレゴセットだ。[http://users.erols.com/kennrice/lego-kz.htm]もうひとつ注目すべき例がある。 アメリカのロックバンド White Stripes の歌 "Fell in Love With a Girl" のミュージック・ビデオである。監督 Michel Gondry は、まずライブをビデオに撮影し、それをデジタル化したものを、すべてレゴブロックで再現してコマ撮りアニメにした。この作品は2002年にMTVのビデオミュージック賞を受賞した。レゴの製品にレゴスタジオというものがある。これには、レゴウェブカム( Logitech の USB Quickcam のOEM)や、コンピューターに録画するソフトウェア、カメラに写らない場所からミニフィグを操作するための透明なプラスチックの棒、スティーヴン・スピルバーグに似たミニフィグが付属している。商標
レゴという名前は、レゴ社の玩具を指す言葉としても使われるようになってきている。多くの人がレゴブロック自体のことをレゴと呼び、さらに類似のプラスチック製ブロックのことまでレゴと呼ぶこともある。ただ、レゴ社は、何でもかんでもレゴという商標で呼ぶことに反対している。1970年代と1980年代のレゴのカタログには、レゴはブランド名であり特別な言葉にし続けたいこと、レゴ社のブロックのことはレゴブロックと呼んで欲しいということが書かれている。LEGO はすべて大文字で書くのが正式である。レゴの特許が切れた1988年以来、 Tyco 、メガブロック、 COKO など多くの会社がレゴブロックに似た結合ブロックを販売している。これら他社製品の多くは、レゴブロックと互換性があり、レゴセットより安い。本物のレゴ製品と混同する可能性があるため、レゴ社にとっては少し迷惑である。そのようなブロックのひとつに、中国の天津COKO玩具有限公司が製造しているCOKOがある。2002年、スイスにあるレゴの子会社インターレゴAGが著作権侵害を理由に同社を提訴した。多数のCOKOブロックが権利を侵害していることが第一審で分かり、著作権を侵害しているブロックの製造中止と、北京日報紙上での公開謝罪と、賠償金の支払いを命じる判決が出た。[http://www.ccpit-patent.com.cn/News/2003041001.htm]製品の混同を販売目的で意図的に用いたとして、 COKO 製品を販売する Biltema 社を相手に起こしたノルウェーでの訴訟で、2003年にレゴ社は勝訴した。[http://www.lego.com/eng/info/?page=pressdetail&contentid=2484&countrycode=2057&yearcode=&archive=false]2003年、レゴに似た "Enlighten" という製品の大きな積み荷がフィンランドの税関で押収された。 Enlighten のパッケージは、レゴのパッケージに似ていた。中国の製造業社が法廷に姿を現さなかったため、レゴ社は積み荷の破棄を命じる欠席判決を勝ち取った。レゴ社は、ブランド名の混同を防止し消費者を潜在的な粗悪品から守りたいとして、54000セットの廃棄処分の費用を請け負った。[http://www.lego.com/eng/info/?page=pressdetail&contentid=13026&countrycode=2057&yearcode=&archive=false]レゴ社はメガブロックの生産中止を期待して、レゴブロックのポッチがある外観を "LEGO Indicia" として商標登録しようとしている。カナダ連邦裁判所は2002年5月24日、レゴブロックのデザインは機能的な要素なので、商標保護の対象にならないとして退けた[http://www.marquedor.com/telemarque/archives/02-06-01b_en.htm]。レゴ社は控訴したが、連邦裁判所は2003年7月14日、これを退けた。レゴランド
レゴランドはレゴのテーマパークで、デンマークやイギリスなど世界の数ヵ所にある。有名なランドマークを再現した巨大モデルなどが展示されている。詳しくはレゴランドを参照。他の側面
2004年、 Working Mothers magazine 誌上の、働く女性のための会社ベスト100にレゴ社が選ばれた。外部リンク
レゴ公式サイト
Peeron – レゴセットとレゴ部品のデータベース
LUGNET – ユーザーコミュニティ
Brickshelf – レゴ画像投稿サイト。全種類ではないが組み立て説明書の閲覧もできる。
レゴマインドストーム公式サイト(日本語)
Bionicle 公式サイト(日本語)
レゴファンの創作物
Eric Harshbarger's LEGO Website – モザイクと彫像
Bill Ward – 彫像
Serious LEGO – 機械(ルービックキューブを解く機械など)
minifig.co.uk – 城
The Brick Testament – 聖書
The Brick Apple – ニューヨーク市の建築物
Abston Church of Christ – 教会
ASL's LEGO Page – 芸術作品(マウリッツ・エッシャー|エッシャーの騙し絵やオーギュスト・ロダン|ロダンの『考える人』など)
the Kingdom of Ikros – 自作小説の挿絵をレゴで作成。
Brickfilms – コマ撮りアニメ
A LEGO Counting problem – 2×4ポッチのブロックを6個使うと、その組み合わせは約1億通りになるとレゴ社は言うが、本当は約9億通りだと主張するサイト。
参考文献
http://www.nintendo.co.jp/n08/software/blwj/index.html |
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